理解しようとした瞬間から、何かが崩れ始めていた。
バリシュは、犬のあとを追ってゼルベの方へ歩いていた。ラブバレーの開けた空間を抜けると、景色の色が少し変わった。白く明るかった岩肌は、古い傷のような影を帯び、洞窟の穴は遠くからでも黒く見えた。
人が暮らしていた場所。
でも、今は誰もいない場所。
その事実だけで、空気が少し重くなった。

犬は前を歩いていた。
速くもなく、遅くもない。
バリシュが止まれば、犬も少し先で止まる。バリシュが歩けば、犬も歩く。
命令しているわけではない。
待っているわけでもない。
それなのに、まるで歩幅を知っているようだった。
ゼルベの廃墟に入ると、足音が変わった。
乾いた土の音ではなく、石に吸われるような鈍い音になった。壁の穴から風が抜け、低く細い音を立てる。古い洞窟住居の入口には、誰かの暮らしの輪郭だけが残っていた。
かまどの跡。
削られた壁。
小さな窓のような穴。
そこにいた人たちは、何を見て、何を置いて去ったのだろう。

バリシュは思わず足を止めた。
犬も止まった。
振り返らない。
ただ、止まる。
それがまた、理解できなかった。
偶然なら、なぜ合うのか。
習性なら、なぜ自分にだけ向くのか。
錯覚なら、なぜここまで続くのか。
バリシュは息を吐いた。
「説明できるはずだ」
小さく言った。
そう言わなければ、足元が崩れそうだった。
犬は、廃墟の奥へ進んだ。
バリシュも続いた。
古い部屋の中に入ると、外の光が急に弱くなった。壁に触れると、石は冷たかった。長い時間を吸い込んだような冷たさだった。
その部屋には何もなかった。
何もないはずだった。
けれど、犬は部屋の中央で止まり、じっと床を見ていた。

バリシュは近づいた。
床には、ただの砂と小石があるだけだった。
「何もない」
そう言った。
しかし、犬は動かなかった。
バリシュはしゃがみ、指先で砂を払った。

小さな線が出てきた。
自然の傷かもしれない。
誰かが昔つけた跡かもしれない。
意味のあるものではないかもしれない。
それでも、その線はなぜか、父の古いノートにあった不自然な印に似ている気がした。
似ている。
そう思った瞬間、心臓が強く鳴った。
いや、違う。
似ているだけだ。
人は不安になると、何でも結びつける。
父。
犬。
カッパドキア。
古い跡。
すべてを一つの意味にしたがる。
でも、意味などないのかもしれない。
そう思いたかった。
バリシュは立ち上がった。
犬は静かにこちらを見ていた。
また目が合った。
昨日のような衝撃はなかった。
けれど、その静けさがさらに深くなっていた。
まるで犬は、バリシュがその線を見ることを最初から知っていたようだった。
「お前が、ここに連れてきたのか」
口にした瞬間、自分の言葉にぞっとした。
犬が人を連れてくる。
そんなことを本気で考えている自分が怖かった。
バリシュは首を振った。
違う。
これは偶然だ。
でも、偶然にしては重なりすぎている。
気のせいにしては、続きすぎている。
理解しようとするほど、理解できないものだけが残った。
外から子どもの声が聞こえた。
観光客の家族だろう。笑い声が近づき、すぐ遠ざかっていった。その声は普通だった。あまりにも普通で、バリシュは少し救われた気がした。
世界はまだ壊れていない。
壊れているのは、自分の感覚だけかもしれない。
その時、犬が部屋の奥へ歩いた。
暗い通路の手前で止まる。
そして、一度だけ振り返った。
バリシュは動かなかった。
行けば、もっと分からなくなる。
戻れば、今見たものを忘れられるかもしれない。
けれど、もう完全には戻れないことも分かっていた。
床の線。
犬の視線。
父のノートの記憶。
それらは、ばらばらのはずなのに、胸の中で同じ方向を向き始めていた。
バリシュは目を閉じた。
ほんの少しだけ、祈るように息を整えた。
答えを求めたわけではない。
ただ、自分が怖さだけに飲まれないように。
目を開けると、犬はまだそこにいた。
逃げない。
待っている。
でも、近づきすぎない。
バリシュは一歩踏み出した。
石の部屋に、足音が小さく響いた。
その音が、自分のものではないように聞こえた。
犬は暗い通路へ入っていった。
バリシュはその入口で立ち止まった。

中は、外から見るよりずっと暗かった。
風の音も、少し違って聞こえた。
まるで、奥の方から誰かが静かに呼吸しているようだった。
理解できない。
その言葉が、初めて恐怖ではなく、道のように思えた。
バリシュは暗い通路を見つめた。
そして、犬の姿が闇の中に消える寸前、彼は気づいた。
自分はもう、あの犬を追っているだけではない。
父が残したかもしれない沈黙の中へ、足を踏み入れようとしていた。

